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人間中心の技術

初期設定が決める一日——デフォルトという静かな権力

Digital Stillness 編集部 約3分
初期設定が決める一日——デフォルトという静かな権力

新しいスマートフォンを起動した最初の数分を思い出してほしい。言語を選び、アカウントにサインインし、いくつかの同意ボタンを押す。その間、画面に現れる選択肢のほとんどには、あらかじめチェックが入っている。位置情報の共有、使用状況の送信、アプリ間の連携——私たちは「選んだ」つもりでいて、実際には用意された初期値をなぞっているだけのことが多い。

デザイン研究者のドン・ノーマンは、著書『誰のためのデザイン?』で、道具の形がそれ自体で使い方を指示する「アフォーダンス」の概念を論じた。同じことは画面の初期設定にも当てはまる。どのトグルが最初にオンになっているかは、利用者にとっての「自然な状態」を規定する。設計者が無言のうちに、こう使ってほしいと語りかけているのである。

初期値は、めったに動かされない

行動経済学者のリチャード・セイラーとキャス・サンスティーンは、共著『実践 行動経済学』で、初期設定(デフォルト)がいかに人の選択を左右するかを繰り返し示した。臓器提供の意思表示から退職金制度への加入まで、初期値を変えるだけで結果が大きく動く。理由は単純で、人は能動的に設定を変更することに心理的な負担を感じ、たいていは与えられた状態のままにするからだ。

この知見をデジタル環境に重ねると、ひとつの不均衡が見えてくる。通知、自動再生、バックグラウンド同期といった注意を奪う機能は、しばしば最初からオンになっている。一方で、それらを静める設定は、メニューの奥深くに置かれ、利用者が探し出さなければ届かない。静けさは初期値ではなく、努力して獲得するものとして配置されているのだ。

誰の都合が初期値になっているか

もっとも、すべての初期設定が悪意から生まれているわけではない。多くの機能は利便性のために用意され、初期状態でオンにしておくほうが多くの人にとって都合がよい場合もある。ただし、その「多くの人」が事業者の指標——滞在時間や広告表示の回数——を指しているのか、それとも利用者の生活の質を指しているのかは、外からは見分けがつきにくい。

裏を返せば、初期設定を点検することは、自分の端末が誰の利益のために調整されているかを確かめる作業でもある。通知の設計を見直し、不要な同期を切るだけで、一日の割り込みの総量は目に見えて変わる。これは精神論ではなく、設定画面というごく具体的な場所で起きる調整だ。

「あとで静かにできる」では足りない

人間中心の設計を掲げる製品は少なくない。だが、その多くは「設定を変えれば静かにできます」という形をとる。問題は、先に見たとおり、人は設定をほとんど変えないという点にある。あとから静かにできる余地を残すことと、最初から静かであることのあいだには、実際の体験として大きな隔たりがある。

本当に人を急かさない道具とは、利用者が何もしなくても穏やかに振る舞い、必要なときにだけ声を上げるものだろう。初期値の設計は、その思想が試される最初の場所である。私たちが新しい端末で最初に問うべきなのは「どんな機能があるか」ではなく、「初期状態で、これは私を急かすか」という一点なのかもしれない。静けさのアーキテクチャでも、初期設定は最初に挙げる構成要素として扱っている。

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